ひとつひとつの最後

2019年3月20日
*by: | *cat: 子供たち

20190320

むすめの卒園式まで、残すところあと1週間。長らく続いた三姉妹の送り迎えをする生活が、もうすぐ終わります。卒園と入学の準備で慌ただしく過ごす中、4月からは自転車で保育園に行けるのか、とふと思いました。

今までは、車か、末っ子を自転車の後ろに乗せて上のふたりが走るかの二択でした。自転車のチャイルドシートは前後にふたつあるのだけれど、年子のむすめたちは、ひとりで走るのは嫌だと言って必ず並んで走っていました。道行くおばあちゃんたちに声をかけてもらってはにかむ顔も、子犬みたいにじゃれ合いながら走る危なっかしい姿も、もうすぐ見られなくなります。

末っ子が3歳になった頃から、次々にやってくる小さな終わりを意識するようになりました。

おむつを持ち歩かなくてよくなった。
着替えを手伝わなくてよくなった。
しゃがんで靴をはかせなくていい。
公園で遊具の周りをうろうろしなくていい。
服についた大量のごはん粒をつままなくていい。
寝てしまった子どもを抱えて歩くことも、いつの間にかなくなった。

めんどくさいと思う暇もなく当たり前に続いてきた小さな習慣たちが、子どもの成長と共に、ひとつひとつ最後の時を迎えます。

もうすぐ、トイレから「でたよー」という叫び声を聞くこともなくなるでしょう。布団の中で小さなあたまを腕にのせることも。子どもたちも私もどんどん自由になり、できなかったことができるようになっていきます。

お風呂の前に夕飯の洗いものをすませられる。
子どもをつれて買い物ができる。
短い時間なら留守番をさせられる。
遊んでいるとなりで洗濯ものをたためる。
たりない調味料があればおつかいを頼める。
急な飲みの誘いにもいい返事ができる。

喜びの合間から、当たり前の日々が手から離れていくさみしさが時折顔を出すのです。

この前の土曜日、大阪にサーカスを見に行きました。家族みんなで阪急電車に乗って。少し前まで、そんな距離を移動する手段は車しか考えられなかったのに。

帰りの電車に乗る頃には空はもう暗くなっていて、4人掛けのボックス席にぎゅうぎゅう詰めで座って、駅で買ったおにぎりを食べました。はじめて見た本物のサーカスに興奮気味の子どもたち。誰ひとり眠ることなく最寄駅に着いて、長い階段をしっかりした足取りで上っていきました。

子どもたちの成長は、私が進む速さよりもいつだって少し先を行きます。右へ左へくねくねと歩く末っ子の手を引きながら、あの不自由でぬくもりに満ちた生活はもう戻ってはこないのだと、懐かしさやあれやこれやの入り混じった感情に包まれました。

日常の中にひそむたくさんの最後に気づいて、私はようやく理解しました。自分も、家族も、仕事も、友人も、何もかもがどんどん変わっていくこと、ずっと同じではいられないことを。なかなかその事実を受け止められず、もがいた時期もあったけれど。

そりゃそうだ。どこへ行くにもおんぶだったむすこが、4年生を締めくくる授業として、2分の1成人式をしたというのだから。「将来の夢を発表せなあかんねん」と言って、むすこはこたつで原稿を書いていました。絵描き、ユーチューバー、小説家、歌手、ロボット開発……ころころと変化する自分の夢を、節目を迎えたむすこはどこに落ち着けたのだろう。聞くと、意外な答えが帰ってきました。

「やさしい人になりたいです。知らない人でも、やさしくすれば仲良くなれると思うからです。」

という言葉で始まった、あたたかいというかぬるいというか、とげもなければ強い志も感じない文章でした。でも、乱暴な字でつづられた拙い言葉たちを私は素敵だと思いました。やさしい人になることよりも大事なことなんて、そんなにないのかもしれない。この先、むすこがもっと具体的な将来の夢をつかんだ時にも、今の気持ちがどこかに残っているといいなと思いました。

高校生の時、やたらと生徒に変わることを求める教師がいました。変わること自体を目的にして起こす変化が良いとは思えず、その人のことが嫌いでした。当時の違和感が今になっても強烈に残っていて、年を重ねるにつれてその中身が理解できるようになってきました。みんな一生懸命に考えて、動いて、いつだって変化の最中にいるのに、「変わる」という言葉を押し付けることに何の意味があるのか、私には今もわかりません。

数ヶ月前に4年間一緒に住んでいた私の妹が東へと旅立ち、7人と2匹だった家族が6人と2匹になりました。困るとか寂しいとか口にする程ではなくても、何かが足りないような空気がしばらく続きました。いずれまた誰かが、この家を出ていきます。子どもたちも、おとうちゃんも、私も、ひとりずつがそれぞれの波を生き抜いていかなくちゃいけない。そのために、今、私たちは家族として一緒に過ごしているんだと思います。たえまない変化を育み、いくつもの終わりを慈しみながら。

2019年3月20日(水) おかあさん

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